目 次


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1. 偏頗弁済とは?読み方は?
「偏頗弁済(へんぱべんさい)」とは、支払不能などの状態にあるにもかかわらず、一部の債権者に対してのみ借金などの債務を返済する行為などをいいます。
債務がすべて支払えないときは、自己破産や個人再生の手続きによって、債務の免除や減額を行うことが可能です。自己破産や個人再生では「債権者平等の原則」が適用され、一部の債権者だけが抜け駆けして、お金を回収したり、支払いを受けたりすることは禁止されます。
自己破産や個人再生では、原則としてすべての債務が手続きの対象となるため、「申し訳ないから」という理由で、親族や友人の借金だけを返済する行為なども偏頗弁済に当たります。
偏頗弁済は「債権者平等の原則」に反し、一部の債権者だけを優遇する行為であるため、自己破産や個人再生を申し立てる場合は、偏頗弁済をしてはいけません。
なお、支払不能の状態にある者が、特定の債権者に対して担保を提供する行為も同様に禁止されます。偏頗弁済と特定の債権者に対する担保提供行為は「偏頗行為(へんぱこうい)」と総称されます。
2. 偏頗弁済のデメリットやリスク
偏頗弁済をすると、以下のようなリスクを負うことになります。
2-1. 弁済の効力が否認され、返金を命じられる
偏頗弁済は、自己破産の手続きにおいて「否認」の対象とされています(破産法162条)。「否認」とは、財産の処分や債務の支払いなどを無効化し、元の状態に戻させることです。
破産手続では、破産管財人(破産手続のために裁判所が選んだ弁護士)が否認権を行使します。裁判所によって否認権の行使が認められると、支払いが無効となり、支払いを受けた人は返金を命じられます。たとえば、自分の親族や友人だけに返済をした場合、否認権の行使が認められると、親族や友人に対し返金するように命じられます。
なお、個人再生では、偏頗弁済の否認は行われません。
2-2. 【自己破産の場合】免責不許可事由となる
債権者に特別の利益を与える目的、または他の債権者を害する目的で、支払い期限が来ていない債務の偏頗弁済をすると「免責不許可事由(めんせきふきょかじゆう)」に該当します。
免責不許可事由とは、自己破産による免責(支払い義務の免除)が認められなくなる事情のことです。免責不許可事由が存在すると、原則として借金などの免責が認められません。裁判所の判断によって免責が認められる「裁量免責」となるケースもありますが、偏頗弁済を行うことは免責が認められない大きなリスクとなるので、絶対にやめましょう。
2-3. 【個人再生の場合】再生計画が不認可となる、または再生手続きが廃止される
自己破産では、高価な財産は裁判所によって換金され、債権者に配当されます。一方、個人再生では、原則として財産を処分する必要はありません。しかし、所有する財産の価値と同額以上の返済を求められます。これを「清算価値保障原則」といいます。
偏頗弁済で一部の債権者にだけお金を返した場合、本人の財産は減少したことになります。「清算価値保障原則」との関係上、偏頗弁済した分の金額を上乗せして、再生計画案を作成しなければなりません。
偏頗弁済の額が多すぎると、個人再生後の返済が見込めないと判断され、再生計画が不認可となるおそれがあります。
なお、偏頗弁済を隠した状態で再生計画を提出した後に偏頗弁済が判明した場合は、再生計画の再提出が必要です。実現可能な再生計画を再提出できない場合は、再生手続きが廃止されてしまいます。
2-4. 刑事罰を科される
破産手続開始または再生手続開始の前後を問わず、他の債権者を害する目的で、義務のない偏頗弁済を行った場合は「5年以下の拘禁刑もしくは500万円以下の罰金」に処される可能性があります。拘禁刑となると、執行猶予が付された場合を除き、刑務所に収容されることになります。
実際に刑事事件となるのは悪質なケースに限られますが、偏頗弁済には刑事罰のリスクがあることを理解しておきましょう。
3. 偏頗弁済の要件|いつから偏頗弁済になる?
偏頗弁済に当たるのは、以下に挙げる弁済です。
支払不能後の弁済
破産手続開始の申立て等をした後の弁済
弁済期が来る前の弁済
以下では、偏頗弁済になる要件や、偏頗弁済になるタイミングについて解説します。
3-1. 支払不能後の弁済
支払不能になった後に、特定の債権者に対して行った弁済(債務の支払い)は偏頗弁済に当たります。「支払不能」とは、ほとんどの債務を支払えない状態が続いていることを意味します。
ただし、自己破産の手続きにおいて、支払不能後の弁済は、弁済を受ける債権者が支払不能または支払いの停止(例:弁護士による受任通知の送付など)があったことを知っていた場合に限り否認の対象となります。つまり、債権者が上記の状況を知らずに債務の支払いを受けた場合、債権者が返金を命じられることはありません。
これに対して、免責不許可事由と刑事罰については、弁済を受ける人の認識は問われません。偏頗弁済をした人に、他の債権者を害する目的がある場合は、免責不許可事由や刑事罰の対象となります。刑事罰については、個人再生の場合も同様です。
3-2. 破産手続開始の申立て等をした後の弁済
破産手続開始や再生手続開始の申立て後に、特定の債権者に対して行った弁済は偏頗弁済に当たります。
自己破産の手続きにおいて、破産手続開始の申立て後の弁済は、弁済を受ける人が申立てがあったことを知っていた場合に限り否認の対象となります。
3-3. 弁済期が来る前の弁済
支払不能や破産手続開始の申立て以前であっても、弁済期(支払期限)が来る前に特定の債権者に対して行った弁済は、偏頗弁済に当たることがあります。
自己破産の手続きにおいて、弁済期が来る前に行った弁済は、以下の2つの要件を満たす場合に限り否認の対象となります。
・支払不能になる前30日以内に弁済が行われたこと
・弁済を受けた債権者が、他の債権者を害することを知っていたこと
免責不許可事由や刑事罰に該当するかどうかは、特定の債権者を優遇し、他の債権者を害する目的で弁済したかどうかが問題となります。弁済を受ける人の認識は問われません。
4. 偏頗弁済に該当する行為の具体例
以下のような行為は、偏頗弁済に該当する可能性があります。
4-1. 親族や知人だけに借金を返済する
親族や知人からの借金は、「迷惑をかけたくない」という気持ちから、先に返済したいと相談されるケースがよくあります。
しかし、自己破産や個人再生を申し立てる場合、親族や知人からの借金も、他の借金と平等に取り扱う必要があります。支払不能などの状態にあるのに、親族や知人にだけ借金を返済すると、偏頗弁済に当たるため注意が必要です。
4-2. 自動車ローンを優先的に返済する
自動車ローンの返済中に自己破産を申し立てると、担保権者(ローン会社)によって自動車が引き上げられてしまいます。
自動車の処分を避けるために、自己破産の申立て前に自動車ローンを返済しようとするケースがたまに見られます。しかし、支払不能などの状態で、自動車ローンを優先的に返済すると偏頗弁済に当たるおそれがあるのでご注意ください。
4-3. 破産申立て後に届いた督促状に応じて返済する
自己破産を申し立てた後に、特定の債権者に対して借金を返済することは偏頗弁済となります。したがって、破産申立て後に督促状が届いても、それに応じて借金を返済してはいけません。
裁判所によって破産管財人(財産の管理・処分を行う人)が選任された場合には、届いた督促状を破産管財人に共有することで、適切な対応をしてもらえます。
4-4. クレジットカードの自動引き落としをそのままにしておく
クレジットカードの利用料金が、銀行口座から自動で引き落とされる設定になっている場合は、破産申立てなどに備えて自動引き落としの設定を解除しておきましょう。自動引き落としをそのままにしていると、支払不能後や、自己破産の申立て後でも引き落としが行われ、偏頗弁済となるおそれがあります。
4-5. 代物弁済をする
お金の代わりに、モノや権利などを渡して債務の支払いに充てることを代物弁済(だいぶつべんさい)といいます。たとえば、50万円の借金について、50万円相当の腕時計を渡して返済の代わりとする場合が代物弁済に当たります。
代物弁済は、支払不能になる30日前から、破産手続きにおける否認の対象となります。また、他の債権者を害する目的がある場合は、免責不許可事由や刑事罰の対象にもなります。
自己破産や個人再生の申立てを控えた状態での代物弁済は非常にリスクが高いため、基本的には避けるべき行為です。


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5. 偏頗弁済に該当しない行為の具体例
自己破産や個人再生の申立てを控えている場合でも、すべての支払いが偏頗弁済に当たるわけではありません。たとえば以下に挙げる支払いは、偏頗弁済に該当しません。
5-1. 必要な生活費の支払い
食品や日用品の購入など、日常生活に必要な支払いは、原則として偏頗弁済に当たりません。
ただし、滞納中のクレジットカードの料金の支払いなどは、時期によっては偏頗弁済だと判断されることがあります。生活費の支払いが偏頗弁済に該当するかどうかは判断が難しいため、不安があれば弁護士に相談しましょう。
5-2. 税金や社会保険料の支払い
税金や国民年金・国民健康保険の支払いは、破産手続きにおける否認の対象になりません。また、個人再生の手続きでは、税金や国民年金・国民健康保険料は「一般優先債権」に当たり、これまで通り支払うことが認められています。
ただし、自己破産や個人再生の申立て前に、税金や国民年金・国民健康保険料を支払うべきかどうかはケースバイケースです。弁護士のアドバイスを踏まえたうえで、判断しましょう。
5-3. 支払不能になる31日以上前の支払い
支払不能となる31日以上前に行われた弁済は、破産手続きにおける否認の対象になりません。一方、他の債権者を害する目的などがある場合は、免責不許可事由や刑事罰の対象となるおそれがあります。
ただし、そのような目的があるか否かの判断に当たっては、弁済が行われた時期も重要な要素の一つとなります。支払不能となる31日以上前に行われた弁済が、免責不許可事由や刑事罰の対象となる可能性は低いでしょう。
5-4. 支払不能になる前30日以内の、弁済期が来た借金などの支払い
支払不能になる前30日以内に行われた弁済であっても、支払い期限が到来した借金の支払いは、偏頗弁済に当たりません。ただし、実際に支払不能の状態となってから返済を行った場合は、たとえ支払い期限が来ていても偏頗弁済に該当します。支払不能の時期の判断は難しいため、弁護士のアドバイスを求めましょう。
5-5. 家族など、本人以外の人による支払い
家族が立て替えて借金を返済するなど、本人以外が本人に代わって借金を返済することは、偏頗弁済に当たりません。本人の財産は減らないので、他の債権者を害するおそれがないためです。なお、誰が支払ったのかが明確になるよう、銀行口座からの振り込みなどで記録を残しておきましょう。
6. 偏頗弁済をしてしまったら、どうすればいい?
偏頗弁済をしてしまった場合は、その事実を自己破産や個人再生の申立書類に明記することが大切です。申立て後に偏頗弁済が判明した場合は、破産管財人や監督委員(個人再生を監督する人)、裁判所に対して速やかに報告しましょう。
偏頗弁済を隠していても、預貯金の入出金履歴などから破産管財人や監督委員にバレる可能性が高いです。発覚した場合には、否認、免責不許可や再生手続きの廃止、さらには刑事罰のリスクが高まります。
正直に報告すれば、破産管財人などの側で柔軟に対応してもらえるケースが多いです。偏頗弁済をしてしまったときは、必ず正直に報告しましょう。
7. 偏頗弁済に関連してよくある質問
Q. 両親や親戚に対する借金の返済も、偏頗弁済になる?
支払不能などの状態にある場合は、両親や親戚に対する借金の返済も、偏頗弁済に当たります。両親や親戚に借金を返済するなら、次の項目で紹介するような方法を検討しましょう。
Q. 偏頗弁済にならないように、両親や親戚に借金を返す方法は?
自己破産や個人再生の手続きが完了してからであれば、両親や親戚に借金を返しても問題ありません。また、自己破産や個人再生を避けて「任意整理」(債権者と交渉して借金を減額してもらう手続き)を行う方法もあります。どの手続きが最適かは、弁護士に相談して判断しましょう。
8. まとめ 偏頗弁済すると、自己破産も個人再生もできなくなる恐れがある
支払不能などの状態で、特定の債権者に対して支払うことは、偏頗弁済に当たります。偏頗弁済は、自己破産や個人再生の手続きに大きな悪影響を与える可能性があるため、注意が必要です。
手続き前の支払いについても、偏頗弁済に該当するかどうかの判断は難しいため、自己破産や個人再生を検討した段階で、弁護士に相談しながら手続きを進めた方がよいでしょう。
(記事は2025年6月1日時点の情報に基づいています)


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